愛しているものは、私が触れられないもの、そして永遠であるもの。それ以外のものは、たぶんたいして愛してはいないはずだ。それは愛していると思い込んでいるだけ、ただの盲信、見栄、執着。手ぶらでいるべきよ。転んだ時にすぐに立ち上がれるように。旅の準備は軽ければ軽いほどいい。もしも帰ってくるつもりなら。
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滅びの王国
『すえっこOちゃん』という本を借りた。Oちゃんのほんとうの名前はオフェリアだけど、いつもOちゃんと呼ばれている。スウェーデンのある町に住んでいる七人きょうだいの末っ子で今は五歳。年上のきょうだいがいるのでおませさんだそう。奔放ではちゃめちゃだけれど、OちゃんにはOちゃんの理屈がし...
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本があるところは、すこし埃っぽい匂いがする。それはとても甘く、柔らかく、同時に香ばしい。冷たいが同時に温かで、さざ波のように声が聞こえる。誰かの。遠い過去からの。近い未来からの。 本があるというその点においては、私にとっては懐かしく親しい場所なのだ。そこが初めての場所だとし...
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風呂でブラッドベリの『歌おう、感電するほどの喜びを!』を少しずつ読んでいる。 ブラッドベリは本屋の平台に──多分四条のジュンク堂か三条のブックファーストか──あった新潮文庫の『ふたりがここにいる不思議』が初めてだ。それははっきり覚えている。あの時はまだ三十路にはまだ遠く、でも二十...