2017年10月19日木曜日

プール・小景1

 スイミングプールのナイト会員になって四年ほど経つ。ナイト会員とは夕方のある時間からプール終業までの間、入水することができる会員のことで、昼間に入りたければデイ会員にならなければならない。もちろん両方の会員である人もいる。この時間には大抵、仕事や家事をひと段落させた人も来る。特定の誰かと熱心な会話はしないけれど、なんとなく顔見知りの人がいて、なんとなく隣で泳いでいる気配を感じながら、自分も黙々と泳ぐ。そういう風通しの良さを気に入っている。

 スイミングプールに通うようになってから、多い時で週に二、三度は泳ぎに行くようになったが、子供の頃はプールが嫌いだった。嫌いだから当然泳げないし、泳ごうという意思もなく、浮かんでいるだけだったし、可能な限りさぼった。とにかく水回りがだめだった。熱湯のような真水のシャワーも、腰から下をつける冷たくて臭い消毒液槽も、直射日光で焼けたアスファルトの上を裸足で、校庭にあるプールまで歩かされるのも、ひんやりと湿っていて苔むしている幅広の外階段も、濡れたコンクリートのプールサイドを歩くことも、股の間へ水着から伝っていく生温いプールの水も、どれもこれも恐怖だった。足から這い上がってわたしを侵食していきそうな、得体の知れない恐怖と対峙するのは、子供ごころにはたいそう負担だった。

 ある日、とうとつに平気になれる予感がしたので、スイミングプールの会員になることにした。スイミングプールに泳ぎに行けるようになった、ということはわたしにとって、深い峡谷にとうとう橋が架かったような、そういうことなのだった。

2017年10月18日水曜日

懐かしい未来・待ち遠しい過去

 よく晴れて暖かい秋の日の午後、夏の名残を思わせる強い日差しは、それはそれはノスタルジックだ。この日差しの事をよく知っているし、同じ季節を数え切れないくらい過ごしている気がする。同じくらいノスタルジーを掻き立てる日差しに、「日曜日の午後三時半、粉っぽい金色の午後の光」がある。初めてその感情に向き合ったのはまだ年齢が一桁の頃だったと思う。一人で遊ぶのにも飽きたし家族と何か話すのも億劫で、こっそりと上がった二階の部屋いっぱいに金色の西日が差し込んでいた時のこと。日の光は手を替え品を替え、わたしを惑わし、わたしを乱し、記憶を狂わせていく。

 途中まで再生したテープを巻き戻し、任意で止めた所から再生するように、わたしが記憶した秋がわたしに繰り返し語られている。インディアン・サマーというより『エンジン・サマー』。エンジン・サマー以前はこの物狂おしいデジャビュとノスタルジーの光をなんと呼んでいたのだろう。陽の光はいつも幻燈のようだ、ありえなかった未来や存在しない過去を脳内に照らし出す。わたしはわたしの中に映し出された幻燈をぼんやりと見て、空白の過去を待ち望み未来を懐かしむのだ。

 西日が差す度に生きていることさえももう懐かしい、懐かしくてたまらない。誰でもない誰かをぎゅっと抱きしめたくなる。まだこちら側に残っているのか、本当は向こう岸に行ってしまったわたしの記憶だけがわたしを思い出しているのじゃないのかと、確かめたくなって。

2017年10月16日月曜日

旅に出ない日

 あまりにも身体が重く、(これは肉が鉛になったようだ)と思っていたら寝坊した。身体が季節に追いつかないし、ついでに時間にも追いつかず遅刻をした。遅刻をしようと決めたら気が楽になって、のんびりパンなどを齧ったのだが、家を出る時間が近づいてくるととてつもなく辛い。まるで誰かの首に縄をかけるような、喩えるのもおぞましいような気持ちになってしまい、結局鉛のような肉体を引きずって出社した。

 

 週に五日くらいは八時間ずつ働くのだけれど、すごく時間の無駄をしているようで、事務所にいるといらいらする。いらいらするのでiPhoneでネットを彷徨う。リンクからリンクへ。ツイートから別のツイートへ。でもそのどれも、気が重くなるだけで本当はしたくないと思っている。今日は本が届いているはずだから、早く帰りたい。もちろん何も届かなくても早く帰りたい。

 雨がしばらく続いていて気温が下がった。朝夕に吐く息がほんのりと白い。山からは靄が立ちのぼり、空は明るい灰色、これはこの地方特有の現象だろう。ほっとする。寒い方がいくらかはましだ。特に雪が降ってくれれば勇気がわく。なぜならその雪をかき分けて進めばいいからだ。今年は雪が早く降ってほしい。

 果たして注文した古本は届いていたがまだ一頁も開いていない。本当はこんな時間まで、本も読まずに起きていたくないし、そっとしておかれたい。もちろんそうされてもいるのだが、まったく、足らないのだ。もっと深くそっとしておかれたい、わたしはもっと深く潜っていきたいと常に思う。泳いでいる時間はやや深く潜っていられるのだけれど、帰宅を急かされているような気も同時にする。この、時間には間に合っているのにまるきり遅刻しているような、焦りでもうずっとへとへとだ。

 もうずっとウェブでの日記を書いていないので、とりとめもないのだけれど、これはこのままにしておこうと思う。

2017年9月24日日曜日

Le murmure

 例えばGoogle(でなくてもいいし、そうであってもいい)がインターネットにアクセスするそれぞれのユーザーごとにカスタマイズした「SNS」に人々がアクセスしているだけで、本当はフォロワーもフォロイーも存在していなくて、画面をひたすら眺めながら自分だけが発言し、存在しないフォロワーとフォロイーに話しかけているならそれでもいいのに、と思う。なんというか空想上のSFぽくて。でもあまり人と関わらずにポチポチとキーを打っているだけのわたしには、もしそうであってもあまり変わらないのだろう、きっと。わたしの呟きは他の誰でもないわたしに宛てているのだと思う。(数に入っていないと気がつくより、初めから数の中に入らないでいた方が消費も搾取もされない。)

2017年9月22日金曜日

(北風と一緒にいれば寒くなんかないのよ)

太陽は雲と靄の向こうで光っていて、山からは靄が立ち上っている。白くて明るい、冷たい朝にわたしも起きる。窓の外には五線譜の音符に似た電線のつばめ、運転席から横目で見えるかさかさに乾いて風に巻き上げられる枯葉、これらは皆秋だ。冬ほどぶ厚くないぽってりとした雲、その向こうに光があるのがよく分かる。薄明るい季節が始まった。この辺りは冬になると晴れる事がほとんどない。もったりと厚くて重い綿のような、ホワイト多めのグレイッシュな雲で空が覆われていくのだ。秋とは、雨と雪に降り籠められている、白い季節の前触れ。

2017年9月12日火曜日

爪を折った録音テープ(セロハンテープで修復済み)

  その人が完全に世界から失われたとわたしが知った日のことを、この数日間はずっとリプレイしていた。脚色しながら繰り返したので、もうオリジナルの過去はないだろう。オーバーダビングと言うのだろうか?繰り返し録音/録画して、テープそのものが劣化し始めているところにさらに劣化の追い込みをかけるように、二倍速三倍速で録音/録画していくように幾度も。

  わたしはいろいろなことを思い出しながら新しく上書きして、ダビングしたテープのような怪しいサブリミナル効果付きの記憶を得る。マッドビデオ。記憶のリソースの為に「誰か」と「会った」過去にも、新しく別の過去を上書きして、「誰にも」「会っていない」事にする。なのに残しておきたい記憶ほど粗くおぼろげになっていくのは何故なのだろう?

 わたしは過去を忘れたかった。わたしは過去に慰められたかった。わたしは過去を愛したかったし、過去に愛されていたと思いたかった。でもそうではないから、わたしはあり得なかった未来の為にあり得ない過去を新しく作っている。わたしの過去はこうして失われていくのだろう。やがてフィクションの過去だけが残る。

2017年6月26日月曜日

聖堂

 オオキンケイギクはこの数年でかなり増え、とても小さな(猫の額とも言える)前庭の隅にも咲く。帰宅する際に視界に入るので、夕暮れ時などはぱっと明るく映る。猫の額の前庭だけでなく、犬走りの辺りや今は人がいない隣家とその境にも、花のコロニーが出来始めていて、どこから始まったのか、そもそも始まりがあったのかもわからない。

 家の裏側、日陰で少し湿っている場所には紫陽花がずっと植わっている。そのそばでもりもり伸びていたオオキンケイギクをごっそりと抜いた。もってりした紫陽花の、ガクの塊を少しだけ持ち上げ、地中に伸びているだろう根を移植ごてと根切り鋸で掘り出そうとしたら、土の上に蝸牛の殻だけが残っていた。静かな聖堂のように。

2017年5月13日土曜日

(覆された宝石)五月の冠

 五月。鬱蒼と茂った(と、形容してもいいほどに育った)木香薔薇が次々と開いていくので、爽やかな甘さが庭に揺蕩っている。白い木香薔薇なので、空気の澄んだ時間に、特によく香る気がする。植えた二年目までは伸びるばかりで花をつけなかったが、さらに次の年から濃い緑の茂みに星が灯ったように咲き始めた。今では満天の星空と言ってもいい。花は今しかないのだと湧いて咲きこぼれていく。朝、ああ次はこれが開くのだなと思っていた蕾は、夕、もう既に中心を黒ずませている。それが本当に朝見かけた蕾だったら、ではあるけれど。やわらかい残り香の中でいつも、わたしは木香薔薇の時に追いつけないままだ。

 今日は過去にわたしが想像した「未来のとある日」でもあり、未来のわたしが思い出している「とある過去の日」でもある。こころだけが軽々と、時を超越して未来と過去を行き来してしまう。じゅうねんを生き延びて次のじゅうねんへと、区切ってみたその日のことを、わたしはもう覚えていない。どれも同じように、輝きに溢れた重くだるい五月だったし、これからもそうだろう。五月は読書は絶対にはかどらないし、はかどらなくてもいいと思っている。そして今ちょうどよい本を借りていて、ただぼんやりとした重い時の流れの中で文字を追いかけている。クロウリーの『リトル、ビッグ』はいつまでも読み続けていられる、小さな魔法の大きな物語だ。

 冬の終わり、路肩に雪が残っていた時にグレイッシュだった風は、とうとう透明になった。草むらを抜ける五月の風は細い糸のようになって、わたしを季節に縫い止める。
 (覆された宝石)のように輝く光は全てのいきものへの贈り物、毎日が戴冠式のようだ。華やかで美しく、騒がしいのに厳か。本当はいないのに、どこかにはいる誰かの大きな手から、見えない季節の冠をわたしもかぶせられているのだろうか。

2017年4月23日日曜日

けものがり

 手負いのけものはひたすら身体を丸め、傷の回復につとめる。安易に近寄ると牙をむく。気合とかそういうもので治るものではないので、動けるまでただひたすらに安全な場所で身体を休め、眠り続ける。それと同じ。ただどうしようもなく生きることをやめてしまいたいと思うときは誰にだってある。それがたまに強く出る。これはよくない兆候なのだとなんとなく自分でわかる。臭いがする。やまいのにおいだ。でもまだ本当の限界じゃない、引き返せる。そういう時は眠るに限る。

 馴染みのベッドに潜り込んで身体を丸めて、わたしの中にある野生を信じて眠る。必ず目が覚めて立ち上がる事ができると、わたしはもう知っている。

2017年4月21日金曜日

ランゴリアーズ

 自分でも驚くほどに具合が良くなくて、体調はそこまで落ちていないのだけれど、体力がぱあになった感じがする。というのも、コツコツとスイミングプールに通って、ちょっとした気持ちの不調は泳ぐ事でなんとなく解消していたのだけれど、この頃はずっとさぼっているからだ。夜のスイミングプールで泳いでいたなんて、今では遠い昔のような気もし始めている。とにかく頭が回らないし、この残酷な四月の光に照らされて、とろけていくのだった。まったくもってぽんこつなのだ。肉体がここにある限りは生きなければならないのだけれど、嫌な過去の思い出だけが鮮やかに立ち上ってくる。辛い事や悲しい事はたいてい春に起こった。春の光の中で起こったのだ。目の前で繰り返される思い出はぎらぎらと大きく鮮やかになり形を持ち始め、こちら側のわたしの影が薄くなっていく気がする。昼の光が残酷になってきた分、夜は優しいと勘違いしてしまう。夜は優しいのではなくただ拒まないだけで、わたしはそれに甘えている。どこかへふらっと出ていきたくなるけれど、選びようがないのでここにいる。虚無?いいえ、そんなに大きなものではないけれど、でも空っぽね。"no where"

 x年前のわたしの背中を押しても、多分同じ事をしたと思う。y年前のわたしの背中を押しても、やっぱり変わらなかったと思う。同じような事をして、似たような結果を繰り広げたと思う。でももし、とも思う。もちろんその結果訪れる未来(つまり今)は変わっているのかもしれない。結局いつだって過去のわたしを慰めるために、未来のわたしを励ますためのものだ、書いたものも書くものも……どれだけ強い輝きだとしても、未来からの光は過去を変えない。せいぜい哀しみに酔うくらいでしかない。でも今から未来へ光を放てば、過去からの光は届くかもしれない。いつか遠くない未来(もしかしたらずっと遠い未来)に。ランゴリアーズに食われてしまう前に。一筋の光が時空のかすかな裂け目から漏れる一縷の望み、或いは消えかけたオーロラ、ニックたちが突入したあの光へ到達する道筋になって現れるかもしれない、虚無に食われてしまってはだめ。だからこそ今、いまを生きなければと思う。未来のわたしへ、ここがそう、今だ。"now here"

ニックはロスアンゼルス発ボストン行きのアメリカン・プライド二九便に乗り合わせた客で、同便に乗り合わせたうち、飛行機内で眠っていた乗客のひとり。(『ランゴリアーズ』スティーヴン・キング/文春文庫)

2017年4月20日木曜日

ロ・リー・タ

 初めての香りは、二十歳になる前に自分ひとりで選んだ。香水を使う習慣も、自分の為の香りも全く存在しなかったが、憧れはずっとあった。まだそれほど魔除けの護符の必要性を知らなかったし、でも憧れることは浅ましく恥ずかしいことだと思っていた。そういう習慣を当たり前に持つ人がいたとしても、わたしにはそれを知る由もなかった。ずっと若いうちからそういう習慣を持つのは、物語の中の裕福で血の気の少ない少女か、イメージの中の都会に住む美しく豊かで、何もかもに疲れている少女にしか、許されていないのではないかと思っていたからだ……。

 世界はわたしサイズの小さなものだったから、名前を持たない不安に似た怪物はまだ見えていなかったし、あちらから見つかっているとも思わなかった。香りという形を持たないまぼろしのようなものを纏ったところで、名前を持たない不安に似た怪物(邪眼のような)から見据えられるのを避けられるとは、今は全く思っていないが、当時は逃げ切れると思っていた。この名前を持たない怪物は、だいたいいつもわたしを飲み込もうとする。それは鏡を通してやってくる。わたしはそれと常に戦い、勝ち続けなければ生き残れない、丸腰だとしても。それなら初めから”彼ら”に見つからないに越したことはない。だから護符は多い方がいい。

 小さい学生アパートで、ある日わたしは買ってきた香水をひとりで開封した。自分の為にひとりで選んだ香りは確かロリータ・レンピカ。現実世界では生きていたくなかった。本からのみ立ちのぼってくる物語の中でしか、生きていたくないと思っていたわたしに、ロリータ・レンピカがあるのはとても物語的だったし、心強かった。淡い紫色のガラスでキャップは金色で……蔦が這うような装飾の苹果型のボトル。包むように持つと、ガラスの涼やかさが手に移る、両手で持つには丁度いい丸みだった。狭い部屋にはそぐわない木製のチェストの上に、捧げ物のように飾っていた。胸を詰まらせるほどに甘く、やわらかな苦味。これはわたしの楽園の果実!わたしを名前のない怪物から隠してくれるかもしれない……。 

 わたしにとっての香水は魔法のようなものだ。人からわたしを隠し、名前を持たない怪物からわたしを隠してくれるような。幾つもの香りを選び、使い終わり、また新しい香りを手に取ってきた。これこそはきっとわたしを助けてくれるだろうと思いながら、でも一度もそうならなかった事には失望していない。物語もまた同じ。わたしを人の中に隠し続けてくれはしないし、物質的に豊かにしてくれる事はないが、それでも諦めきれるほどの魔法ではないのだ。魔法ってそういうものでしょ。ほんの少しだけ生きる手立てになったり、苦しみを和らげてくれたり、最期に見る風景を美しいものにしてくれるような、そういうささやかで、役には立つか立たないかはわからないし判別するものではなくて、美しいもの。ほんものの光には敵わなくても、でも明るいものだわ。

2017年4月5日水曜日

第十二レース(場外馬券売り場)

「なんというかエキセントリックで」
 エキセントリック!今時その言葉を使ってわたしという一人を定義しようとするなんて、わたしの方が驚きだ。わたしに向かって真摯な態度を取ろうとしているのはわかった。何を言いたいつもりなのか、もじもじではあるがゆっくりと言葉を選ぶその態度こそがわたしを、苛立たせる。面白いことを言うのね、わたしは初めて、あなたの冗談で笑えそうだ、心から。是非その続きを聞かせてくださらない。

「……御し難い」
 自分は騎手で、わたしは馬だという意味でいいのだろうか?わたしたちは楽しく走るコンビでありたいと願っていた。だからこそわたしはあなたに騎手であって欲しがったことは一度もないし、あなたもそれを知っていたはずだと思ったのだけれど。よしんばわたしが才能のない暴れ馬だとしても、あなたは、まったく無能とは言わないけれど優秀な騎手ではない。優秀な騎手ほど、馬にお任せ、馬七、人三、あわせて十。走る馬は走るし、走らない馬は何をしても走らない。才能のない暴れ馬を御せるのは(しかし勝ちは難しい)、現役なら東西で約二名しか思い付かない。まさかとは思うのだけれど、あなたは自分がその騎手たちに並んでいるとでも言うのだろうか?

 こういうことを言いたがる相手は、わたしの正面にいながら必ず視線を外す。今わたしが正面からあなたを見つめている態度に対して、まるで狂った馬がいて、その馬は蹄で地面を掻き、突進しようとしている、目を合わせると隙を生む、と思っているように見える。それも間違っているとは言わないけれど。何故ならわたしはいつも黙って行うから。手元のストローの袋を所在無げにもてあそび、汗をかき始めたアイスコーヒーのグラスを傾け、唇を湿らして次の語が出てくるのをあなた自身も待っている。それがあなたの誠実さだ。わたしはいつまでも過去にこだわっていて、奔放でしかいられないわけではない。それはあなたがわたしをそう定義した瞬間からであり、あなたの中での小さな変化であり、常に黙って”受け入れている”ように映っていたわたしの中では、だいたいいつも何も変わっていない。

 いつあなたが(強いて言うなら凡庸で、派手な勝ち鞍もないが落馬もしない)騎手になって鞭をくれ、いつわたしが(出走ゲートに派手に体当たりし、レースをかき乱す)暴れ馬になったのだろう。今日はわたしたち二人の引退レースになるとでもいうの?わたしたちはいつも二頭の裸馬だったというのに。そして並びながら前に後ろに走っていたのに。(了/編集4.7)

2017年3月11日土曜日

「乙女ごころの君」

 わたしの中にある乙女ごころの権化のような、「乙女ごころの君」がいた頃があった。こことは別に閉じてあるウェブ日記に「彼女」は毎日ではないにしろ、何かにつけエディタを開いて文字を打った。本を読んだ日、読まなかった日、映画を見た日、泣かなかった日、電話をした日、夜中じゅう壁を睨んでいた日、どの日もいつも別の日だったからだ。日記という一枚の敷布に、一針ずつ縫い進めるように文字に落とし込んだ。ほとんど全て自分の為。「乙女ごころの君」はそういう傍若無人さを持っていた。多少の装飾はしていたものの、それは「彼女」のその時の本心として定着したと思うし、そうするつもりで日記を書いていたようだ。それだけで幸せだったのだと今は思う。

 その頃の日記の中の「彼女」は、ささやかでもよかった、心根が美しくさえあればといつも願っていた(これは今もあまり変わらない)。時に悲しみに暮れ、時には喜びを讃え、明日が続く前提で今日の日記を書く。今日見つけたよきもの、今日感じたさいわい、今日あった鈍いかなしみ。したたかでしなやかでかろやかでありたかった、それが理想の「乙女ごころの君」なのだから。日記はいつだって、「今こそ書くとき!」と、微熱のようなやわらかい(けれど確かにそこにある)熱意を持って書かれたものだった。

 わたしの中の「乙女ごころの君」はわたしと別れ、深く遠いどこかへ、旅に出ている。またいつか会えるね?

Maidens−薄荷塔日記

2017年3月8日水曜日

ひつじ

 今日も、子どもを抱いた。始まりから比べてみると、毎日驚くほどの大きさだ。手足は随分長く伸びたし、白目はまだうすあおいにしろ、身体からは甘い赤ん坊の匂いが全くしない、ふつうサイズの子どもを抱いた。ぷんとむくれていたからだ。膝の上に乗せて腕で背中を支える、赤ん坊を抱く姿勢で抱っこした。子どもはわたしの髪と首筋と胸元の匂いを確かめると、すうっと瞼を閉じる。わたしはその顔に自分の顔を寄せて、落としてしまわないように柔らかく抱きしめる。二度と戻らない日を思い出しながら、いずれ抱けなくなる日を想像する。ゆらゆらと抱いていると、子どもの体温とわたしの体温が混じり合って、気分が良くなった。そのまま子どもが眠ってしまったので、ベッドに入れてわたしはぬるいお茶を飲んでいる。

2017年3月5日日曜日

ゴロワーズを吸ったこと

 まだわたしが京都市に住んでいた頃、煙草を吸わない日はほとんどなかった。ちょうど二つ目の職場に勤めだした頃で、なんとなく吸えるんだろうなとは、吸う前から知っていたようにも思う。滑らかに煙は肺のあたりへ落ち、主に口腔から吐き出せた。秋だったと思う。けれど初めてにどの煙草を選んだかは曖昧で、日本の煙草だったか外国煙草だったか、メンソールだったかそうでないか、今はもうおぼつかない。ただずっと憧れていた煙草はあって、それは是非とも吸ってみたかったから、すんなりと煙を取り込めた事は嬉しくもあった。蝋燭に火が灯る程度の、ささやかさで。 

 わたしが憧れていた煙草というのは、ジタンだった。お洒落なフランス的な何かに強く憧れていた頃だったので、フランスの煙草がいいとずっと思っていたし、住んでいたアパートから大きな通りへ下ると、それを叶えてくれる自動販売機があったからだ。自動販売機には日本の煙草の他に外国煙草や葉巻も、確か置いていたように記憶している。そこにジタンが置いてあった。わたしの煙草を吸うきっかけは本当に些細な、背伸び、憧れからでしかなかった(しかしいずれそれは、長く暗い夜を過ごすための戦友にもなった、それが錯覚だったとして、どうして当時のわたしを責めることができるだろう)。
 ジタンは、煙の中で踊り子が扇を振っているイラストで、ブルーのパッケージ。このブルーはサファイアのような深みのある青だったように思う。箱は確かスライド式で、煙草そのものもフィルターも短く、咥えると少し太く感じた。煙草が巻かれている紙は少し粗悪さを感じさせる薄さで、味についてはとにかくからい。薄いインスタントコーヒーを飲みながら、買った分はどうにか吸った。

 例の自動販売機で適当に毎日の煙草を選ぶようになってから、少し経ち、いつも繁華街で気になっていた煙草の専門店へ赴いた。店内に入るのにはまだためらいがあったので、店外の自動販売機でゴロワーズ・レジェールとブリュンヌを見つける。ゴロワーズがフランスの煙草だということは、その時にはもう知っていたので、迷わず買った。ブリュンヌは両切りで、レジェールはチャコールフィルター付き、他にアメリカブレンドされたボックスパックももう売っていたのではなかったか。
 ゴロワーズは水色のパッケージに、銀色でロゴと、羽が付いているとんがり兜のイラストが描かれている。よくある煙草の長さ、太さではあったが、巻いてある紙はジタンよりさらに薄かった。ぺらぺらどころかふにゃふにゃで、日本の煙草はぎゅっと巻いてあってはつはつしているのだけれど、煙草本体がしなびているようにも感じるほど。そして匂いはとにかく臭い。素面ではとても吸えないんじゃないかと思うくらい臭かった。それもそうで、黒煙草という葉を乾燥させてから堆積発酵させたものだったし、その香りこそがゴロワーズの特徴でもあったからだ。

 止めればよいのに苦心して飲み物を色々変えて試したら、コーヒー(薄くてもまあよい、アメリカンくらいでも)とならまあそれなりに、というくらいに感じられるようになる。鼻ほど慣れやすい器官もそうないのではなかろうか。だんだんそのムッとする匂いが、なくてはならない香り(ただの習慣、ニコチンへの依存だったとしても)に変わり、いつしか煙草はそれでなくてはね、と味がわかってる風に思うようになった。最高だった、コーヒーの香りとゴロワーズに火をつけた瞬間、ちりっと紙とともに葉が燃えて、甘やかな香りが広がる時が。あの俳優も吸ったのかもしれない、憂鬱そうに眉間にしわを寄せて小雨の降る街のカフェで。できればその火はマッチがよい、箱入りではなくブックマッチのような、粗雑な、すぐに無くしてしまうくらいのかろやかさのちゃちな。煙草が燃え尽きるまではそんなに長い時間ではない。その間にできることなどほとんどない、一杯のコーヒーを飲み干すことも。でも、恋に落ちるくらいなら出来るんだと、まだ盲目的に思っていた頃、わたしはゴロワーズを吸っていた。わたしが暗く長い夜を過ごした時も、ゴロワーズは側にあった。それがただの習慣だったとしても、みっともない依存だったとしても、その火を温かなものだとほっとしながら朝を迎えたわたしを、支えてくれたことに違いはない。

その花をつままくときは とことはにすぎさりにけり

子供の頃、多分まだ年齢が一桁だったころ、れんげ畑でイベントがある(そう大それたものではないと思うが、田舎には娯楽がない。子供の頃は、嘘みたいに続くらしい人生に退屈していたし、それはわたしの顔に常に出ていた)とどこからか聞いてきた母が、家族で出かけようと計画をした。心踊る計画ではな...