2023年4月12日水曜日

四月の靄、図書室

わたしが通っていた小学校は、母も同じ校舎にいたことがある木造だった。中学年に上がった頃に建替が終わったが、もともと図書室は木造校舎の方にあった。階段の手すりは幾千の小学生が滑り降り、また登る時に使ったために滑らかでうっすら光ってさえいた。二階の踊り場から向かって左にあったと思う。


図書室は絨毯敷きだった。当時は生徒の数が多かったので図書室に行ってもいい時は限られていたが、教師が許可した時と休み時間に図書室で本を借りることができた、と思う。本を借りるためにはまず代本板を持って行かなければならない。ただの木の板で学年ごとに決められたビニールテープの上にマジックで、クラスと名前が書いてあるだけのもの。繰り返し使われてきたので年季が入っているものばかりだった。その代本板を借りたい本のある場所にさして目当ての本を抜く。貸出方法はニューアーク式だったのではないか。最初に使い方を教わったらひとりで本を選ぶ。代本板を書架にさしたら、本の見返しに付いているブックポケットからカードを抜き、学年、クラス、名前を記入する。自分の貸出カードには借りた本のタイトルと借りた日付を記入して本を持ち出す。返す時に本に貼ってあった返却期限票にデータ印を押してくれたのは図書委員だった気もする。本を書架から抜いた時と同様に返本はそれぞれで行い、代本板を回収して本を書架に戻す。


入り口そばにはカウンター的な場所があり、そこにクラスごとに貸出カードがまとめて置いてあったはずだ。自分でカードを探してタイトルを書き込んだことをおぼえている。閲覧席もあったはずだが、いつもそこはふさがっており、ほとんど座れたことはなかった。絨毯敷きだから地べたに座って借りた本を読んだり、こそこそと会話をしたと思う。


腰壁があって、木造の窓枠には曇ったガラスがはまっていた。元は透明だったのかもしれないが、長い年月のうちに薄く曇ってしまったのだろう。その窓から、雪の降る前の白い空を見ていたことを思い出す。ストーブの上には水を張った金盥が置いてありいつも湯気が立っていて加湿器を兼ねていた。教室に置いてある方のストーブで、上履きのゴムを溶かしたり、金盥にかき集めた雪を投入するのはいつも男子だった。


(学校にあった暖房器具と言えば煙突がついている石油ストーブで、タンクの油をストーブに流して、ストーブ本体のスイッチを入れ、擦ったマッチを落としてストーブに火をつけるのよ!高学年になったら低学年の教室のストーブ当番をするの。それまではマッチは禁止。油を運ぶのも高学年だけがする。)


あの頃に借りた本よりも、本のある周りの風景ごと、まだ、おぼえている。ポプラ社の少年探偵団シリーズ、マガーク探偵団シリーズ、ルブランのルパン、それから一番のお気に入りだった、福音館のアリス。あの頃に帰りたいとは思わない、でも記憶は絶対にその時のままに残しておきたい。今でも褪せることのない図書室の思い出。今はもうない図書室の。きっと思っているよりずっと狭くて窮屈な図書室だと思うけれど、記憶の中にある限り、伸び縮みして自由な広さになるだろう。

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