2017年9月24日日曜日
Le murmure
例えばGoogle(でなくてもいいし、そうであってもいい)がインターネットにアクセスするそれぞれのユーザーごとにカスタマイズした「SNS」に人々がアクセスしているだけで、本当はフォロワーもフォロイーも存在していなくて、画面をひたすら眺めながら自分だけが発言し、存在しないフォロワーとフォロイーに話しかけているならそれでもいいのに、と思う。なんというか空想上のSFぽくて。でもあまり人と関わらずにポチポチとキーを打っているだけのわたしには、もしそうであってもあまり変わらないのだろう、きっと。わたしの呟きは他の誰でもないわたしに宛てているのだと思う。(数に入っていないと気がつくより、初めから数の中に入らないでいた方が消費も搾取もされない。)
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滅びの王国
『すえっこOちゃん』という本を借りた。Oちゃんのほんとうの名前はオフェリアだけど、いつもOちゃんと呼ばれている。スウェーデンのある町に住んでいる七人きょうだいの末っ子で今は五歳。年上のきょうだいがいるのでおませさんだそう。奔放ではちゃめちゃだけれど、OちゃんにはOちゃんの理屈がし...
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