朝、書類を届けに別の棟へ移動中、鈴が笑い転げるような鳴き声を聴いた。ひばり。黄砂混じりの埃っぽい空の中で、孕んだ春ごと転げ回っている、軽く高い鳴き声。ひばり、ひばり。ひばりを見上げながら書類を持ち直し、人々の働く場所へ急ぐ。もしも書類を放り上げて走り出したら、どんなにか気持ちのいい事だろう!靴も脱いでアスファルトをただ駆けていけたなら、海に抱きとめられただろう。私が働いている場所は、海の、本当にすぐ傍だ。日によって、時間によって、海からの風が吹く。海からの風は甘い潮の匂いがしていて、その匂いとともに私は育ち、いずれ死ぬ。どうしてそれを早送りしてはいけない?
時折、私たち——私と、娘の事だ——の繋いでいる見えないへその緒は、妊娠していた時、産み終えた時、元は一人だった身体を分けた一本の管を切られた時と比べると、どんどん太くなっていく。今では細いしめ縄ほどもあるような、そんな気がしてしまう。愛しているかと聞かれたら、愛していると答える事は出来る。手放せるかと問われたら、手放したくはないと答える事も出来る。でもその愛は、執着なのか本能なのか、保身の為なのかは、わからない。事務所の中に居る間は、あまり、思い出す事もない。保育所でそれなりに上手くやってはいるらしい。ひばりのように甲高く笑い転げ、うぐいすのようにいくらでも歌を歌う私の娘。
本当のものが欲しかった私は、随分苦心して本当のものを手にした、と子どもを腹から押し出した時に思ったものだった。まさしく本物の命の塊。柔らか過ぎて玉子を抱くようにしか抱けなかった。私という殻を飛び出した娘は、転がる鈴の様に騒ぎながら歌いながら、身体を新しい肉で作り出している。遠く離れていく感じがする。一緒の身体に在った時でも淋しかったのに、既に生まれる前から離れていたと言うのに、今さら。
まるく飛ぶひばりは、まるで私の娘のようだった。空をもう一度見上げたら、屋上に止まったひばりはひとしきり歌を披露し終わり、せわしなく飛んでいった。私の視界から離れ、また別の世界へ。結局私は靴も脱がず走りもしないで、書類を届ける為にドアを開けた。あのひばりは二度と戻らない。行ってしまった鳥は、二度と同じ鳥ではない。別に淋しくはない。でもまた取り残されている気がしてしまう。身勝手にも。
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