子どもが昼寝をしている間は、私の自由時間だ。好きな事だけをする。好きではないがしなくてはならない事をする。好き嫌い抜きでするべき事をする。熱を少しずつ放射しながら眠る子どもの傍を離れて、あれこれする。そう言う時は完全に一人で、自分の身が二つに分かれてから味わう事が少なくなった、「かんぺきなひとり」になる。
まだ二歳手前な所為か、起きた時に機嫌がいいということは少ない。大抵、家の中の離れた場所でなにやかやとしている時に呼ばれる。「起きたー!」などというように。
いそいそと私は子どもの傍にすっ飛んでいく。そういう時に子どもの顔をまじまじと見ると、なんだか眠る前とは少し別人のような顔をしている。だから私はいつも、「お久しぶりねえ」と声をかけてしまうのだ。
子どもにとって眠りは、多分起きている世界とは断絶されている。ぽんと眠りの世界に投げ込まれ、そしてまたぽんと起きている世界に投げ込まれるように。うっとりとけれど乱暴な振り落とされ方で眠る。寝かしつけていると自身の限界まで目を開け続け、それからまぶたを可能な限り制御しようとしているけれども、いつも呆気なく、眠っていく。
起きた時にかのじょの世界はいつも一変している。見覚えのあるいつもの部屋、馴染みのある絵本、ちらかしたままのままごと道具。けれど同じ部屋の中で時間だけが確実に動き、部屋の中を攫っていくのだ。その度にかのじょはいちいち律儀に驚いているようにも見える。
そんなわけで私は「お久しぶりね」とかのじょを迎えるのだ。たった一人で眠りの国へ行ってたのね。お帰り、と。やがてその寝起きの「お久しぶりね」は学校からの帰宅を迎える時のことばになるかもしれないが、それまでは、母親ぶって寝起きを迎えようと思う。
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