2010年4月8日木曜日

夜を越える飛行機(2)

夜を越える飛行機(1)

  飛行機は飛ぶのだ。当たり前のことだが、そのことにとても感心した。そして「こんな鉄の塊が空を飛んでいるなんて、面白い」と、自分の膝の辺りを、前の座席シートを、隣で暗闇を覗き込んでいる彼を見ながら思った。乗客はほとんどいないので機内をぐるりと見渡してみたら、機内は思ったほど広くはないが狭いわけでもない。新幹線のように途方もないということもなく、バスのように閉鎖的でもない。私は機内が気に入った(何より、バスのように嫌な匂いが殆どしない、という点でも)。足の下に床はあるけれど地面はない、ということが面白くて、いつまでも乗っていたいと思い始めた頃、飛行機は着陸準備を始める。けれど私はじゅうぶん堪能した。「飛行機に乗っている自分」と「飛行機に乗っている人を眺める自分」の両方を見たい、という欲は満たされたのだから。


  鹿児島空港へ機体がゆっくりと身を寄せ、私たちも一気に地上の重力に引き戻される。足の下にはしばらく見なかった地面!コンクリートの灰色もアスファルトの濃い墨色も懐かしくて、私は地面に口付けをしたくなった。

  空港に着いたはいいがその後のことを私たちは全く考えていなかった。「どこかへ行きたい」ということにのみ忠実で、そこに現実がついて回るとは思わなかったのだ、二人とも。現実というのは、ごはんやベッド(或いは布団)のこと。浮き足立っていたので一気に現実に近寄られて、私たちは戸惑った。いや、多分鹿児島空港に飛行機が着陸した時点で、私たちは失望してしまったのだろう。だから、現実に戸惑ってしまった。

  とりあえず人に聞くと運行中のバスがあるという。終点近くまで乗ればシティホテルもあるらしいと聞き、半分萎んでしまった期待をなんとか宥めて乗り込む。こんな時間に来る客を泊めてくれるような宿なんて、連れ込み宿くらいしかないだろう、それも心中をしようと思い立ったカップルが向かうような。古くさいソープオペラを思い出しながら、そんな私を気にかけずバスは走る。道はうねうねと曲がりだし、それに連れてどんどん市街地から離れて、電灯の立っている間隔も開いていく。窓は開いていなかったが少しずつ、空気に匂いがつき始めた。何の匂いかわからなかったけれど、それは不穏な匂いだった。空腹も感じさせないような不穏な匂い。その正体はその時はまったく思いも寄らなかった。

  本当に、この先に温泉のついたホテルがあるというのだろうか?もしかして今乗っているバスは本当はバスではないのかもしれない。となると、私は実は鹿児島には来ていなくて、別の空港に降りたのかもしれない。でも、空港には「鹿児島」の文字があった。けれどそれが確実かと問われたら、多分頷けない……。夜という青黒い闇の中で妄想はどんどん広がる。闇が荷担するからだ。自分が始めた妄想に囚われ始めた私は、運転手の後頭部とミラーを交互に見る。段々本当の人間が運転しているのかわからなくなる。いつの間にか夢の中でバスに乗っているような気になり、いつもは酔いやすいのにこの時はちっとも酔わなかった。私は闇にとけ始めたのだ。

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