嵐が丘に憧れ続けている。荒野というところや、嵐が丘に憧れている。いつ頃からだったかは曖昧でよく覚えていない。そもそも、覚えておく必要がなかったのだけれど、私は「孤独とは美しいものだ」 と早くから思っていたし、まだ思っている。孤独というものもひとを癒すのだとも。
よりどころをうまく見つけられない子どもだった。変化は嫌いだし、馴染むのにも時間のかかるというやりにくさは今でもついて回っているが、あの頃に比べたら少しはましだ。それは現在「大人」「母親」という、子どもからすれば特権階級めいたものになったからだ。
ぬいぐるみにそれを見いだすひともいるし、スポーツや芸術にそれを求めるひともいるというけれど、私がいちばん手っ取り早く手に入れられるやり方は、想像や妄想しかなかった。片田舎に住んでいて、通学するためには峠をひとつ、超えなければならない。だらだらと長い通学路をやり過ごすには、季節ごとに姿を変える自然だけでは足りない。だから、最終的に自分が閉じこもれる場所として、心の中に荒野を持つことにした。荒野という、その字面、イメージが、これ以上どこにも行けない、「行き止まりの甘い息苦しさ」や「遠くあくがれいずる魂」をよく現しているように思えた。
そして、エミリの『嵐が丘』に出会う。私にとってその本は、まるで奇跡だった。魂の行方を見ているような、それぐらいの衝撃だった。メロドラマのような怠惰さを感じる暇もない。もはや「愛」ではなく「魂」の物語だった。「魂」というのは人の意志の及ばない部分にある。だからキャスリンは「あたしはヒースクリフです!」と叫べるのだ。堂々と。恐れもせず(そう、神をも!)、彼らは魂で共鳴し合い、また一つの魂を二つのからだで共有し合っていたようなものなのだ。そしてそれ故に、人間としての身体で持て余してしまった魂は「あくがれいずる」。荒野に吹く風そのものになったキャスリンやヒースクリフは、私の心の荒野でも自在に駆け回り、それ故私の荒野はどんどん美しく研ぎ澄まされた。その荒野は「孤独っぽさ」の象徴で、現実世界からの逃避先であり、自分だけの天国であり、また自身の墓でもあった。
多分私は「孤独っぽさ」がすごく好きで、それはもちろん戻っていける場所があってこその「孤独っぽさ」が好きなのだけれど、それが凝縮されているような場 所が、荒野だった。小高い丘に教会があって、そこから少々離れたところにぽつーんと建っているような洋館(城)が自分の住む家だったら!と、よく想像していた、今も。そこから私を連れ出す人がいる、というのがそのストーリィの続きなのだけれど、当然、私はそれを断って一人静かに荒野にとどまる。そして毎日、同じ風景をくもったガラス越しに眺める。窓の外に広がっている「残酷なまでの変化の無さ」を慰めにして。
心の中に誰も手出しできない荒野を持ったまま、少女はくたびれた女になった。ライナスの毛布のように、何処にでも私が在る限り、荒野は在り続ける。心配ない、いつでも、最初に荒野が在るし最期には荒野へ戻ることが出来るのだから。
心の中に荒野があるのは、自分の精神的な健康上、無いよりもある方がよい。温かで安全な、自分専用の荒野。真珠の門でもあり、苔むした私の墓標。そこに生まれそこに死ぬ、何度も。それが出来る場所があると知っているのは、さいわいだ。
2011年6月19日日曜日
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