2013年1月2日水曜日

Regard du hiver まなざし

 私は私を繰り返しコピーしてきた、別れの度に粗くなり、ノイズにまみれながら、でも常に一つの別れを繰り返していた。繰り返している。繰り返していくだろう。たった一つの別れの言葉を誰にも言えないまま、崩れ落ちるまで繰り返す。「            」。今では別れの言葉も長く乱れて余分な情報が鎖のようについて垂れ、未来の私が確実にそれを読み取る事が出来るかはわからない、まだ今は未来ではないから。“今、今、今!”という風が吹きすさぶ嵐が丘で、私は嵐に見つめられている。

 嵐の中で聞こえるのは北風の歌……「私は貴方!貴方が私!」古びたベランダから手を伸ばして北風を——ひらめく薄物のような——掴もうとするのだが、金の輪を幾つも嵌めた私の指にも首にも、絡む事なく私を閉じこめる。ああ、私が私と約束する為の金の輪は、私の指に、首筋に、這って絡み付くように増えてしまった。こんなにも愛おしい世界との、永遠の婚姻の為にと選び続けた金の輪は、私を地に留めている、それが、孤独という事だ。

 私はいつもおまえの頬に口づけをする。返礼におまえは私の頬に口づけをする。

 すっかり、私は繰り返し書き続けてきたただ一つの別れの物語の、書き方を忘れてしまった。執念深く骸に取りすがり、肉が崩れ去った後の骨を腕に抱き続けていたというのに。その骨も既に砂になってしまった。うてなには砂は留まらない。

 指先からこぼれ落ちるのはもう、文字ではなくなってしまった。涙も涸れて血も濁り、滴り落ちるのは時だけだ……。別れの言葉は私から、それは風の音に紛れて誰にも聞こえないだろう。

2012年7月28日土曜日

のうぜんかずら、

 しだれ落ちる凌霄花の家が、保育所のすぐ近くに一軒、工場と実家の間に一軒ある。夏は、ヴェールと言うよりはケープに近い濃い緑に覆われた家をちらと横目で、目視して通り過ぎる。ああ、と思う。ああ、遠いいつかに、外側ではなく内側からあのこぼれ落ちる……刺繍のように鮮やかな花を見たはずだと、思う。 本当は見た事など一度もないというのに、畳敷きの部屋の内側、腰の高さの窓から、胸から上だけを覗かせて見たことがあるように、思う。

 いったい古い家屋と濃い緑との、危うく怪しい抱擁がこちらに沸き立たせるあの、ノスタルジアともレミニセンスとも区別し難い……それは蜃気楼に似ている気がする……淡い感情を抱かせるのはなぜか。私が学生だった頃、ある街のある細い通りで、古いのに古くない石造りの病院があって、その壁には蔦がつるつると登り詰めているのを見た。あれを見たのも夏だった、夏の夕暮れ、ふくらはぎにアスファルトが吸った熱が這い上がってきた、夕暮れ。あれも私はずっと昔から知っていたはずの建物だった。それが通りを歩いている途中に生えたのだ。

 夏はマボロシが立つ。誰かの、いつかの思い出の為に。

 生という生が発熱し放熱し発酵する。私はその匂いに中る。冬が遠い上方から私の近くへ“降って”、傍にあるものなら、夏は私の近くから私を通って上方へ“上って”遠ざかっていくものだ。

 花が咲くように思い出が……あり得ない思い出が咲く。夏だ、夏だなあ。

2012年6月10日日曜日

真夜中にバッハ

 彼に会った時、私はまだある呉服会社で事務員をしていたので、彼とだけ会う時に限らず人と会うのはいつも、仕事が終わってからだった。事務の仕事と銘打ってあるにも関わらず、基本的な事務の他にほんの少しデザインを弄ったり、展示会で使用する金糸銀糸の織り込まれた帯や絵羽(と呼ばれていたが実際は、試着が出来るようにごく簡単な仮縫いがしてある、仕立てていないが切ってはある反物)、ぎゅっと巻かれた重い反物、小物を出荷したり、何でもする仕事だったし営業兼スタイリストたちが社に戻るのは定時を過ぎてからだったので、結局定時などあるようでない、労働基準法などまったく無視された職場だったから、早くて20時、遅ければ24時をまわってからやっと帰宅を許される。それから人に会うのだった。

 彼は大抵昼間は眠っていた、と思う。そうでなければ絵を描いていた、と思う。或いはつまらなさそうに薬を飲んでいたか。もしそれもしていなかったら煙草を吸っていただろうし、詩を書いていただろうし、時折自分の楽器を触っていただろう。長く続けたバイオリンか、気紛れに始めたベースか、電子ピアノか。薄い楽譜は沢山あったが、大抵はバイオリンの教本だったように、今では思われる。彼はまるで野良猫のようだった。大きくて澄んだ瞳をしていて、髪の毛はふわふわと逆立っていた。ガリガリに痩せていて、時折たっぷり食べる。違うのは、腕の太い傷跡は喧嘩でついたものではなかったところだろうか。

「いる?おいでよ」とメールが携帯電話に入れば、私は飼いならされた犬のように駆けた。時には私も背中に、初心者用のバイオリンのセットを背負って、走っていった。夜の四条通りは薄明るく観光客は皆、ホテルで次の日のルートを確認しているような時間に、外を出歩いているのは、遊び慣れていない学生たちか、金はあっても遊び飽きた若い男女たちばかりだった。彼等がフラフラ歩くのを横目に見ながらバイオリンケースをごとごと揺らして、アパートまで出向いた。

 特に何をするわけでもなかった。彼の持っている漫画を読んだり、風呂に入ったり、身体に絵を描いてもらったり、二人とも気侭に夜を過した。彼の気が向けばバイオリンを弾いてくれたし、私に少し教えてもくれた。身に付かなかったがエレクトーンを習っていたので、楽譜は読めたし正しい音は分る(が、バイオリンでは正しいAもなかなか出せなかった、それでも続けたかったのは働いている理由が生活の他に必要だったからだ)。すぐに出来るようになるよと教えてくれたのが、バッハのメヌエットト長調BWV.Anh.114だったので狂ったようにそればかり弾いた。弦を押さえた指に正しい音は留まらず、外れて、溢れて流れてしまうけれど。

 やっと捕まえた音でも次の指も必ず正しい音を摘めるわけではない、ごく初心者の私に、彼は根気よくはなかったが、同じバイオリンからまったく違う音が出てくるのが面白くて、何度も強請って弾いてもらう。たどたどしく私は彼の音を追いかけてまた調子っぱずれの音を弓から弦から放出する。それの繰り返しだった。それでもそれがとても楽しかった。ビブラートさえできなかったが、真夜中であること、楽譜を読むこと、バッハであることが。(バッハだって真夜中にはレッスンをしなかっただろう!)

 彼はもう居ないし、私ももうバイオリンを何年も触らないでいる。きっとひどい音がするだろう、音叉での調音もしていないままだ。彼に合わせて夜中をいつも、駆けて、歩いて、明け方に転寝して、それでちょうど良かった。狂い始めた音は、今はもうすっかり狂っていて、そして私はその狂った音に慣れてしまった。それとも、あの頃の音は狂っていたのか、今が正しい音なのか。どちらにしても、もう真夜中にバッハは弾かない。

2012年3月17日土曜日

ハ短調の響き

『稚くて愛を知らず』を読んだ。主人公友紀子の地上から約三センチ浮いて生きている様が、ちっとも自分に似てなど居ないのに近しいものを感じてしまった。友紀子は大正生まれの病院の娘で、父母に限らず病院関係者からも大事に大事に育てられている。それは私とは全く違っていて、私などはごく貧しい家なのに自信過剰に育ってしまって、周りをよく見ないで夢遊病者のごとく生きているのだが、どことはなくよく知っている女性なのだ、友紀子は。

なにより、愛し方を知らないというところだ。私は未だに神様みたいな人を好きになりたかったと思う。私の好きなように愛することが出来る、崇拝してひれ伏してその足に口づけ出来るだけで幸福の絶頂に届いてしまう、神様みたいな人を愛したい。そうすれば私を見ていなくても、哀しくもないしまた勝手に愛し続けていられる。そして私が神様の前に跪く時にほのかに愛されていると感じられればそれでいい。

私の楽園は私の子ども時代の部屋で、また一人暮らしをしていた部屋だった。私以外には誰にも、子どもですら侵されたくない日もある。楽園に植えられた樹に成る果実のままでいなければ、早々腐ってしまうのだと本能で知っている。箱庭のような、或いはスノードームのような空間で、時折木陰を増やしてみたり鳥の群れを羽ばたかせたり、ちらっと見てくれるだけで、いい。私は私の楽園の中で漂っている林檎の香りであれれば、尚、いい。

特定の男と寝る事は自分の身体を成形しなおす事だろうからと開き直って、寝る事もある。実際に変わる余地がある自分の身体(自分の身体の奥にあった核のようなもの)を引き揚げるとでも言うべきか。そういう、“成形しなおす”というのは物語を読んでいる時にも起こり得るのだから、寝る事と読む事は大して変わらない。けれどこれではいつか、破綻する。私だけでなく特定の男も、私の子どもも。そう思いながら暮しているのに悔悛などひとかけらもなく、破綻する日をどうも心待ちにしている。「ああ、やっと駄目になった、やっぱり、駄目になった!」と頬を微かにでも緩ませながら思いたいのだとしたら、周りを巻き込み過ぎだ。長調の中で特に苦手なヘ長調の中にいるような。早く破綻してほしいと思う。イ短調かハ短調くらいの落ちつきの中で。

2012年1月8日日曜日

ホテルカリフォルニアの642号室

 微かな咳で目覚める朝、ある時刻……西に住む私の夜はまだ明けきっていず、夜の毛布を引き摺りながらベッドをまろび出て一番にする事は、誰も居ない部屋へ上がり煙草をくわえてしゅっ、ぽうっ、ぷうーっ。昨日の分の最後の溜息はもんやりと煙になって立ち上る、見るともなく見た煙越しに、壁は、揺れる、しかし笑わない。音を立てるものは予約運転を始めたエア・コンディショナーと、私の心臓。二つともけれど同じリズムは刻まない。心臓はカコカコと鳴り、エア・コンディショナーはコッコッヴヴヴーヴーン……。

 昨夜に薄く流した「ホテルカリフォルニア」の名残はないが梅酒の名残は、ある。胸の辺りにぽうっと灯りがまだ。じじじ、じじ、と悶えるフィラメント(そう、この部屋には白熱灯がある)のように微かだが、まだ消えてはいない。この灯りを一日消さずにいられるだろうか。南半球で見える星は、北半球では見えないけれど、存在しないということはない。それと、同じようにはいかないのだろうか。

 のろのろと下着をつけ仕事用の服を身に付け、髪と顔を整える。昨日の私が鏡の中にいるものだから嫌なおんなだ、と思う。一日、毎日、ほぼ同じ業務をするのだ、これから……。つまらなかろうがつまろうが、私自身には見えない何かが目の前に浮遊していようが、いまいが、なんということもない。

 この男が私を誘ったら、寝ようかと思う男が数人ある。誘われないから寝ない。一人で眠るこの気楽さを誰に分けたいと思うだろう、ああ、私は分けることが下手だ。いっそ全部捧げるか、初めから分けないか。火を分けることは出来ても灯りを分けることは出来ない。これと同じ理由で。

 華々しい孤独が私にはある。身体がもしばらばらになったら、華々しく散っていくだろう孤独がある。それを早く見てみたい。

2011年12月18日日曜日

星柄の丸天井

 振り向いてばかりいる。子供の手を引いて保育所に向かう時。子供を保育士に託して仕事場へ向かう時。手を振り払って歩きたがった子供を歩かせた時。離乳食を台所で作っていた時。いつもそこには自分自身の歩みで揺れる、柔らかな髪の毛があった。湿った手のひら、うっすら膜の張った、みずいろのひとみ。そのみずいろはいつか濁るだろうか。

 あの子は私の前を歩くようになるだろう、そうして私を振り向く事もあるだろう(多分、或いは私の希望として)。夢はなく、けれど「昨日」それ自身はあった。昨日の顔を真正面から見つめた。昨日の顔はもう闇に塗れていて、どんな表情をしているのかわからない。「昨日」は「今日」に乗っ取られ、「今日」は「明日」に喰われていく。ランゴリアーズのように、振り向いても無、前を見ても無。

 うたごえ、諦め、報告、怒り、それら沢山の言動や感情はまた、子供の後ろをついて歩く。いつかは振り向いて気がつくだろう彼等を、あの子はいつ認知するだろう。私はそれらはマーレイの亡霊がつけていた太い鎖のようなものだと思っている。同じように子供の事もまた。どこにも行かない代わりに鎖を得たというのに、それでもまだ遠くを憧れて恋ていつか行けるものだと阿呆のように信じて……。けれども振り向いてばかりいる、鎖の音を半ば心地よく聞きながら。

 「今日」の内に「昨日」を振り向いてみても、「昨日」にも「そのまた昨日」にも、私は引っ掻き疵一つつけられなかった。その頬を撫でる事もなかった。「昨日」を見た私と同じように、私は誰かに見つけてほしかったし、また私が持つ何かを誰かに見つけてもらいたかった。虫のいい話……。こんな風に鎖をつけている女を引き揚げるには、神様くらいでなくちゃならないだろうにね?

 生者ばかりが歩き回っているここはとても怖い場所だ、そこで流されずに立っている為には、狂気を持っていなければ、きっと、のみ込まれていく。半分はでも、のみ込まれてしまいたいとも思う。この巻いた鎖とともに私も怖さと溶け合えば、何も怖くないはずだからだ。スノードームの外側は安全なのと同じで。

 安息日は暮れた。私はのみ込まれずにまた「昨日」を振り返って見るだろう。

2011年8月19日金曜日

ヤー、プチーツァ

 夜、少し散歩に出た。この頃不機嫌な娘の手を引いて、本当なら「夜は寝なさい」と言うべきところを言わずに、ほんの少しの散歩に出た。小さいとは言え、赤ん坊の頃から比べれば随分としっかり肉のついた、肉の奥に骨の出来た手を、二人ともきゅうっと握って、一段一段階段を下りる。かぽおん、かぽんと彼女の長靴は音を立てる。ほんの五分だけの二人の家出。ゆるい夜の気配をふんだんに含んだ風は、多分これは何かが発現する前の兆候で、実際数時間の後に雨が降り出した。雨は海から始まり山が覆われて、そして家々に降った。

 こんな風に夜の散歩をした事が、何度もあった。彼女とではなくてその当時付き合っていた男の人と、宛も無くふらっと歩き出し、そしてまたふらっと部屋へ戻った。手を繋いでいたときもあったし、一本のマフラーを二人でわけっこして歩いた事もあった(これは、首筋に風が入るのであんまりロマンチックではない)。とっぷりと酔って歩いた事もあったし、今夜のようにぬるい風の中を歩いて、アイスクリームを買って食べた事もあった。星を見た日もあったし、ただ夜露の降りた芝生を踏みに行っただけの日もあった。懐かしい、彼女のいない日の思い出。

 この頃彼女はなんだか発電している。ぴりぴりしていて身体に余った電気が、私に向かって放出される。きゅっと眉を上げて鼻の頭に皺を寄せることもある。ぴしゃん、と柔らかい手のひらがぶつけられることもある。多分、保育所で意に添わない事がいくつもあったのだろうし、それを自分の中で処理しきれないのだ。生まれて三年では、まだね。その十倍生きている私も出来ないのだから、仕方ない。わかってはいる。でももどかしい、それをぱっぱっと箒ではらってやりたいと思うが、上手くはいかない。出来るとして、ちりとりを構えるくらいか。

 親は全く、使い物にならないな、と思い、ああ、でも同じような事を母も思ったのだろうか、と考える。あの人は何もしないタイプではあるが、まあ考える事くらいはしただろうか(私はそういう幻想を抱かせて欲しいものなのだ、いつまでも。絶対的な母なる存在を憧れ続けている、大文字のMで始まるマザー・コンプレックスにとっては)。それが彼女の足下から昇る、かぽおん、かぽんという音と相まって、入れ子の小箱に母が、母の母、私の祖母が、祖母の母が、私が、娘が、娘がいつか生むかもしれない子供が、収まっていく。

滅びの王国

『すえっこOちゃん』という本を借りた。Oちゃんのほんとうの名前はオフェリアだけど、いつもOちゃんと呼ばれている。スウェーデンのある町に住んでいる七人きょうだいの末っ子で今は五歳。年上のきょうだいがいるのでおませさんだそう。奔放ではちゃめちゃだけれど、OちゃんにはOちゃんの理屈がし...