2011年4月10日日曜日

 

 愛しているものは、私が触れられないもの、そして永遠であるもの。それ以外のものは、たぶんたいして愛してはいないはずだ。それは愛していると思い込んでいるだけ、ただの盲信、見栄、執着。手ぶらでいるべきよ。転んだ時にすぐに立ち上がれるように。旅の準備は軽ければ軽いほどいい。もしも帰ってくるつもりなら。

2011年3月30日水曜日

東の空のひばり

 朝、書類を届けに別の棟へ移動中、鈴が笑い転げるような鳴き声を聴いた。ひばり。黄砂混じりの埃っぽい空の中で、孕んだ春ごと転げ回っている、軽く高い鳴き声。ひばり、ひばり。ひばりを見上げながら書類を持ち直し、人々の働く場所へ急ぐ。もしも書類を放り上げて走り出したら、どんなにか気持ちのいい事だろう!靴も脱いでアスファルトをただ駆けていけたなら、海に抱きとめられただろう。私が働いている場所は、海の、本当にすぐ傍だ。日によって、時間によって、海からの風が吹く。海からの風は甘い潮の匂いがしていて、その匂いとともに私は育ち、いずれ死ぬ。どうしてそれを早送りしてはいけない? 

 時折、私たち——私と、娘の事だ——の繋いでいる見えないへその緒は、妊娠していた時、産み終えた時、元は一人だった身体を分けた一本の管を切られた時と比べると、どんどん太くなっていく。今では細いしめ縄ほどもあるような、そんな気がしてしまう。愛しているかと聞かれたら、愛していると答える事は出来る。手放せるかと問われたら、手放したくはないと答える事も出来る。でもその愛は、執着なのか本能なのか、保身の為なのかは、わからない。事務所の中に居る間は、あまり、思い出す事もない。保育所でそれなりに上手くやってはいるらしい。ひばりのように甲高く笑い転げ、うぐいすのようにいくらでも歌を歌う私の娘。

 本当のものが欲しかった私は、随分苦心して本当のものを手にした、と子どもを腹から押し出した時に思ったものだった。まさしく本物の命の塊。柔らか過ぎて玉子を抱くようにしか抱けなかった。私という殻を飛び出した娘は、転がる鈴の様に騒ぎながら歌いながら、身体を新しい肉で作り出している。遠く離れていく感じがする。一緒の身体に在った時でも淋しかったのに、既に生まれる前から離れていたと言うのに、今さら。

 まるく飛ぶひばりは、まるで私の娘のようだった。空をもう一度見上げたら、屋上に止まったひばりはひとしきり歌を披露し終わり、せわしなく飛んでいった。私の視界から離れ、また別の世界へ。結局私は靴も脱がず走りもしないで、書類を届ける為にドアを開けた。あのひばりは二度と戻らない。行ってしまった鳥は、二度と同じ鳥ではない。別に淋しくはない。でもまた取り残されている気がしてしまう。身勝手にも。

2011年3月27日日曜日

「言葉を持たないものは、言葉に復讐される」

 やめ時が分らないまま続けていたツイッターを、やめた。あの場所に居ると引っ掻き傷を付けるのにも、引っ掻き傷を付けられるのにも、慣れてしまう。慣れていくであろう自分を俯瞰する事、そのものが気持ちが悪かった。だから、別に何か嫌な事をした、されたわけではなくて、なんでもない、たんじゅんに自分だけの問題なのだった。めんどくせえ奴。

 もともと、私は言葉を持たないのだった。言いたい事も別にない。伝えたい事ならなおさら、ない。別に言っても言わなくても、どうでもいいことしか、ツイートした事はなかった。情報も持たないし、言葉も使っていながら弄ぶだけで、持っていない。だから、今、「言葉に復讐」されている。持たない者が持ったつもりで天を目指せば、当然鑞の羽で舞い上がったイカロスのように、あわれ、墜ちていく。そして私は、落ち続けている。

 タイトルにした一文は、私がかつて好きだった人が描いた(書いた)ノートで見つけた。もう絶対大丈夫です、と頭突きをせん勢いで医者に詰め寄って認められた退院という解放後、戻った部屋にあったのは、リュックサックに無造作に詰め込まれた靴下とTシャツと、真新しいのに丸まったノート、赤いボールペン、くちゃくちゃと丸め込まれた綿の、カジュアルなジャケットだった。ジャケットのポケットの中に手を突っ込むと、砂粒とレシートがあった。レシートには海沿いの町の名前が印刷されていて、それと指先に乗った砂粒だけが、彼が海沿いの町に行った後、ここにはいないという「現場不在証明」になった。

 ぱりぱりと頁を捲っていくと、あの一文が目に入った。そうして、わかった。彼はまだ(それは私の願いだった)居るけれど、既にもう行き止りへ行ったのだ。彼は絵と詩を描く人だった。彼の大きな瞳は世間を斜めから見ていたように思っていたけれど、本当は、彼は、真っ正面から見ていたのだと思う。眩しさに顔を顰めながら、それでも一心に向かい合っていた。今になって、そう思う。ふらりと立ち寄った私の部屋で、無様な蛙のようにひっくりかえっていた(と思われる)私を見て、辟易しただろう。病院にはなんとか、連れて行ってくれたようだった。あまり体力のない人だったのに、酷な事をしてしまった。

 あれは、なまぬるい春。薄曇りの空の事をよく覚えている春のことだった。退院した後、彼と会うことは全くなかった。会えたとしても、相手は会わなかっただろう。仮に相手にその気があっても、周りは私をうまく、でも確実に押しとどめたはずだ。次に会えたときは、彼は写真の中だった。唯一救われたのは、飛行機に乗る為に一緒に鹿児島まで行った事を、何度も話していたと言ってくれた、彼の家族の言葉だった。自分を責める事ほど、容易い事はない。責められるだけ責め抜いても、それはどこまでも自己弁護と自己憐憫でしかない。情けなくて恥ずかしくて、それなのにいくつか周到に用意してあったものは全部没収されてしまっていた。ただまんじりともせず朝を迎え夜を超え、部屋の中は煙草の煙で真っ白で、私が外出するのは煙草とアルコールの為だけになったが、それさえも彼の不在にかこつけているようで、恥ずかしくて頭を掻きむしった。

 あの日から今までどうやって歩いたかはよくわからない。多分道幅の広い方だけを選んで歩いていたんだと思う。それは、確かな破綻へ繋がった。どれだけ時間が経ったとしても、忘れたくない事は、私にもある。今こそ私は復讐されなければならない。どのようにして復讐されるかは、言葉が知っている。私はただ言葉の決めた事を受け入れるだけだ。

2011年1月28日金曜日

司るもの

 嘔吐されたような散らばり方をした本、本、本。その中に私はいる。私は、本棚に対して無限を期待している。だから本棚に本を収納出来なくなると、どうして出来ないのか、しばし悩む。あちらを抜きこちらを詰めるとそちらはむりむりと押し出されるようになる。隙間を作るのは嫌いなので、パズルのように組み替える。しかし入らない。入らないのでその辺に積む。小さい塔が幾つも部屋の中に乱立し、その内私、あるいは子供が躓いて崩れる。そしてまた、積む。それを繰り返しているうちにだんだん、気がつく。ああ、本棚にはもう入らないんだな。

 引っ越し前夜——あれは大学を卒業する日——簡易な本棚からそのまま抜き出して段ボールに詰め込めば良いのに、詰められなくなって、本棚から全ての本を抜き出して、その真ん中に座って夜明けを待った。同じ事を二回、繰り返した。本のまっただ中にいる。それはそれで満足する事だった。手伝いにきてくれた人は唖然としていた。

 綺麗だった。本棚から吐き出された全ての本が、表紙を上に向けていて、鮮やかで。するすると撫でながらこれはあの本屋で買った本、これはどこの古本屋で見つけて小躍りした本、あれは、これは、これも……と思い出に耽るのは気持ちのよい事だった。思い出せる限りのそれらの思い出を、一晩という短い時間ではあったけれど、並べて虫干ししたようなものだ。出し切る、と言う事は良い意味でしかない。

 その本も、今は随分入れ替わった。離れていった本の行方はわからない。上手くすれば誰かの本棚に在るか、古本屋の本棚に、値段を付けられて並んでいるか。下手をすればもう別の紙に変わっているか、それとも灰になっているか。握り続けた本だけが残っている。どうやっても落とせない、身体につく最低限の肉のように、骨にぴたりとはり付いている(と思わなければ、やっていけない)。

 真夜中の本棚は呼吸する。それを知っているのは、その本棚を支配しているつもりの私だけ。心地よいことだ。司書にはなれなかったが、自分の本棚を持ち、その本棚を私の法則通りに管理している、という事は。私の要求で私は本棚から数冊本を抜く。そして私が読む。読み終わったら私が本を元に戻す。整頓する。

 私という図書室の司書は私。私の本棚の前で、私は何度も司書になる。

2011年1月11日火曜日

十二月の読書まとめ

いつか読んだ本の記憶
2010年12月
アイテム数:9
春に葬られた光 (ヴィレッジブックス)
ローラ カジシュキー
読了日:12月02日

ラブリー・ボーン
アリス・シーボルド
読了日:12月03日

海と毒薬 (新潮文庫)
遠藤 周作
読了日:12月08日

抱擁、あるいはライスには塩を
江國 香織
読了日:12月11日

この世は二人組ではできあがらない
山崎 ナオコーラ
読了日:12月13日

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
ドストエフスキー
読了日:12月17日

アドヴェント・カレンダー―24日間の不思議な旅
ヨースタイン ゴルデル
読了日:12月24日

幾度目かの最期 (講談社文芸文庫)
久坂 葉子
読了日:12月24日

ノエルカ
マウゴジャタ ムシェロヴィチ
読了日:12月31日

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十二月の終わり、全くの終わりの日に読み終わった『ノエルカ』、とても良かった!それと『アドヴェント・カレンダー』。クリスマスの日を、キリスト教圏の人たちが大事にしていることが、とてもよく分る。『抱擁、あるいはライスには塩を』は、いずれまた別のエントリで触れたい。私の中の江國香織作品で久しぶりに良い読後感だった(彼女の新刊を買ったのは久しぶりのこと)。血の繋がりと言う不可思議ででもおかしみのある物語だ。

2010年12月31日金曜日

扉にて

 ミレイの絵に、「はじめての説教」と「二度目の説教」がある。初めて教会の信徒席に座ることを許された、赤いコートの幼女が、厳粛な面持ち——それは彼女が持ちうる限りの厳粛さで——お説教を聞いている絵と、二度目の教会でのお説教で、ふと張りつめていた緊張を緩めて、身体をくにゃりと曲げて転寝している、二枚の絵。

 去年の暮れに、カテイノジジョウにかたがつき、今年は新しく始めるのだと思いながら、月日を過ごした。嘘のない日々を。笑われるとしても、自分を卑下することはなく、微笑み返すことの出来る日々を。その時には既に涙を失っていたので、随分気楽だった。もう泣く必要もないと言う事は、自己憐憫に浸りきって絞り出す哀しみもないはずだから、と(とは言え、十月に映画館で二時間ほど泣いたので、完璧に涙を失ったわけではなかったのだが)。それ以外には一切涙も滲まない生活をしているので、実際どうかは、まだよくわからないけれど、私は随分健康になったように思う。頭が健康でいられるというのは、とてもよい。

 今年は、私の「はじめての説教」だった。真っ直ぐと前だけを見て、声の聞こえる方へ耳を傾け、口を結び、全てをただ受け入れる、受け流すのではなく。それはとても気持ちのよいことで、今でもまだ少し、ぽうっとしている。初めての説教を聞いた後の彼女が、軽い興奮と安堵と、そして祝福に包まれているように。

 来年、と言ってももうあと僅かな時間しか今年は残っていないけれど、来年もまた同じようでありたい。いつでも初めてであるように、受け入れる余地を持ちながら、その光の道を歩いていけるように、謙虚でありたい。

 そしてまた、あなたたちに会いたい。

2010年12月28日火曜日

世界と私の二人組

 前提が必要だとすれば、山崎ナオコーラとは同世代である、という事、ほんの少し饒舌に、作家の言いたい事を直接主人公が代弁しているような部分が、物語の中で見られるという事。所謂ロストジェネレーション世代特有の、感情の揺られ方というか醒めかけた視線というか、そういうのは同世代たちが広い意味で共有していると思う。彼女の筆の運び方は、じっとりウェット過ぎもしないし、過剰に元気でもない。何かを熱く燃え上がらせる事よりも、自分の内側にまず、ぽつぽつと灯を点している方が、大事。

 『この世は二人組ではできあがらない』を読み終わった時に思ったのが、人と別れた時って信じられないほどの開放感を味わったっけ、という事だった。二人或いはそれ以上の、恋人または友人と過ごす時間が決して嫌いなわけじゃないのだが、「じゃあね、またね」と手を振り合った瞬間に、ゆるゆるとした何かで巻かれていたのが解ける、あの感覚。巻きついた何かは、トイレットペーパーのようにすぐ溶けるのだけれど、同じ空間同じ時間を過ごす間は溶かせない。ぺたりと濡れて身体中に貼り付いている。

 でもその巻きついたものの残りをひっぱりながら帰宅するのは、例えば好きな人の吸っていた煙草の煙に燻されたような感じで、心地よかったりもする。ふと着ていた服に移っていて、それに後から気がつくというところが、心地よいのだ。存在しているのに不在。会わない時間の方が、会っている間よりもより濃く相手を思うことが出来るから、その不在がより愛おしい。なので会っている最中ももちろん素晴らしい時間なのだけれど、その後余韻に浸りながら帰り道を歩いている時間も、素晴らしく気分が良い。

 社会に属する大抵の女性と男性は、ある程度の年齢に達したら結婚して新しい、ごく小さい家庭を持つべきだと言われていた時代(経済的な事はさておき、特に昭和の時代の話)に比べると、社会というよりも、世界の中で生きるということにおいては、今の時代の方が、温度の調節が出来るプールで泳いでいるような気がしてくる。結婚していない事、恋人がいない事を、正当化しても負け惜しみには聞こえにくくなった。私の母と同世代の女性たちは、経済観念的に自由が許され始めた頃だったけれど、学歴よりも、結婚している/していない事が、社会の中にいて振り分ける時に使われる物差しでもあった。

 誰かと生きるというのではなく、世界の中で生きるという緩い広がりというのも、良いと思う。二人組、詰まる所夫婦、恋人同士、親友同士でのみ構成される世界は、色鮮やかで美しい。けれど熱帯植物の温室のように息苦しさもある。それは多分、向きと不向きであって、しないからおかしいというものでもない。

 一人でいる、と言ってもあくまで「みんなの中で」という前提があっての事だ。山崎ナオコーラという人は世界の流れの中できちんと同じ水であろうとしているようで、良いなと思う。ちゃんと流れを探そうとしているというところも。

滅びの王国

『すえっこOちゃん』という本を借りた。Oちゃんのほんとうの名前はオフェリアだけど、いつもOちゃんと呼ばれている。スウェーデンのある町に住んでいる七人きょうだいの末っ子で今は五歳。年上のきょうだいがいるのでおませさんだそう。奔放ではちゃめちゃだけれど、OちゃんにはOちゃんの理屈がし...