2009年11月26日木曜日

「夜」という名前の夜

 小さく絞ったボリュウムに、さらにイヤホンを重ねてつけて、音が漏れないようにひっそりと音楽を聴いている。人がひとり眠っているだけでこの部屋は随分静かだ。夜が、部屋中に充満している。とても気持ちがよい。

 子どもはまだ昼の世界しか馴染みがない。この世界の、昼と夜のシステムを「寝る」ことと「外に遊びに出る」ことくらいでしか、計っていない。その潔さがまた、清々しい。大人になるってほんとうに面倒ね。夜が怖くなったり、するんだから。子どもはまだ夜を怖がることはない。夜という暗闇も怖がってはいない。それでもひとりぼっちになることは怖いらしく、自分に何かを言い聞かせるように黙って玄関を見て、誰も外に連れて行ってくれないことが確定すればきちんと諦めている。

 しばらくは、私は夜を、たった一人でやり過ごさなくてもいい。ひとりぼっちだった頃の私にとって煙草は、夜を生き抜く為の銃剣だった。でも、もうそんな風に煙草を吸うこともない。しばらくは。

 愚かな娘だった頃の私にとって本は、生活をごまかす為のブランデーだった。それは今もそう変わらないけれど、それでも、少なくとも私の心を奮い立たせてくれる。酩酊の所為でも、気持ちはいいのだから、良いことだろう。気持ちのいいことは大抵、私を堕落へと誘うけれど、その分とても紳士的で優しい。

 寝息を聞きながら、ページを捲る。静かな部屋で、起きているのは私一人。夜はまだ目覚めたばかり。

0 件のコメント:

コメントを投稿

その花をつままくときは とことはにすぎさりにけり

子供の頃、多分まだ年齢が一桁だったころ、れんげ畑でイベントがある(そう大それたものではないと思うが、田舎には娯楽がない。子供の頃は、嘘みたいに続くらしい人生に退屈していたし、それはわたしの顔に常に出ていた)とどこからか聞いてきた母が、家族で出かけようと計画をした。心踊る計画ではな...